2)電流制御系のゲイン設計法(ゲイン調整方法)を教えて下さい。
詳しいモータ制御系の設計法については,日刊工業新聞社「モータ技術実用ハンドブック」の第4章pp. 231-243をお読みになることをお勧めします。
多くの場合,モータ制御は古典制御に基づき多重制御ループで構成されます。基本的に最も内側に存在すべき制御ループはモータの加速度を制御するループで,その外側に速度制御ループ,さらにその外側に位置制御ループが設けられます。これは最も外側の位置制御系から見ると位置制御を行うための操作量が速度であり,速度によって位置の増減を支配できるため位置制御系の操作量として内側の速度制御系に対して速度指令値が与えられます。また,速度制御系の操作量として加速度指令が内側の加速度制御系に与えられ,速度の増減を支配できるようになります。しかし,通常のモータに搭載されるロータリーエンコーダやレゾルバなどの機械的センサは回転子位置を検出するだけですので,位置のフィードバックや速度のフィードバックを行うのには適していますが,加速度センサを用いて加速度フィードバックを行い加速度制御することはほとんど行われません。このため,加速度に代わりモータの出力トルクを制御することとしています。(最も内側のトルク制御系に外乱オブザーバを付加すれば,モータの出力トルクだけでなく負荷機械の外乱トルクまで掌握することができるので,負荷機械系の慣性モーメント変動がなければ加速度を制御していることと同等になります。)誘導モータや永久磁石同期モータはベクトル制御が成立すれば,トルク伝達関数定数化を実現することができます。即ち,出力トルクの瞬時値とq軸電流の関係が完全に比例となり,一切のダイナミクスをもたなくなります。したがって,ベクトル制御が成立しているという前提でq軸電流制御をトルク制御に代えることができます。速度制御系の操作量としてはモータの出力トルク指令値が内側の電流制御系に与えられますが,その際にベクトル制御によってトルク伝達関数が定数化されることを利用し,トルク指令値をq軸電流指令値に置き換えます。電流制御系においては電流の増減を支配するために電圧が操作量として選ばれ,電圧形インバータやマトリックスコンバータなどによって増幅された電圧がモータに印加されます。以上のような背景があって,モータの制御は内側から電流制御系,速度制御系,位置制御系の三重ループ構造になっているのです。
さて,各制御系の制御器(レギュレータ)を決める制御則は,電流制御系と速度制御系に比例積分要素(PIレギュレータ),位置制御系に比例要素(Pレギュレータ)を使用するのが極一般的です。これらの制御則のほか,IPレギュレータ,2自由度レギュレータのほか,もっと次数の高いレギュレータ,リレーレギュレータなどを使用することもあります。ここでは,最も一般的なPIレギュレータを採り上げて,各制御系のゲイン設計法について解説します。まず,最も内側の制御ループに相当する電流制御系では制御量をd軸およびq軸電流とし,操作量をd軸およびq軸電圧としています。制御対象はモータの固定子巻線ですから,巻線抵抗RとインダクタンスLからなる一次遅れ系です。dq座標系(同期座標系)ではすべての制御量と操作量は直流量になりますので,PIレギュレータを用いることにより高速な目標値応答を達成すると同時に定常偏差を完全に除去することができます。PIレギュレータには積分時定数と比例ゲインの2つの設計パラメータがありますが,前者の逆数を固定子巻線の折れ点角周波数に合わせることにより,PIレギュレータのゼロと固定子巻線の極が相殺され,電流制御ループの一巡伝達関数を積分要素の形にすることができます。このことは,電流制御ループの閉ループ伝達関数が一次遅れの形になることを意味しているため,電流ステップ応答にはオーバーシュートが出なくなります。換言すると,電流のステップ応答はインダクタンスと比例ゲインで決まる時定数をもった一次遅れの形になるので,比例ゲインを調整することにより,目標の電流応答時間(交差角周波数)を達成することができるわけです。モータの固定子巻線に印加できる電圧,固定子巻線定数(特にインダクタンス),電力変換器の変調周波数などにもよりますが,電流制御系の交差角周波数は,500~6000 rad/s程度となるように比例ゲインを設計するのが一般的と思われます。これは,2~0.17 msの電流ステップ応答に相当します。